大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成7年(う)614号 判決 1995年11月09日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人出口みどり作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山田廸弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、判示第一において、被告人が、甲野乙男(当時一〇歳、以下「乙男」という)に命令し、同人を利用して被害者のバッグを窃取した事実を認定しているが、被告人は、乙男に対し、被害者のバッグをとってくるよう命令する趣旨の言葉を発したことはないから、被告人には窃盗罪が成立せず、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討するに、のちに事実関係について詳しく認定するとおり、被告人が乙男に命令し、同人を利用した点も含めて、原判示第一の窃盗の事実は十分これを認めることができ、その理由につき、原判決が「争点に対する判断」の項で説示するところは正当と考えられる。被告人は、原審及び当審の公判廷において、自分が何も言わないのに乙男がバッグを盗んできたので、これを受け取ったに過ぎない旨供述し、特に、当審においては、その模様を詳細に供述するのであるが、当審における供述が、バッグが落ちていた現場でバッグを目撃したかどうかにつき前後で大きく食い違っている点や、原審における乙男の証人尋問の前に拘置所の担当者に発言の内容を示唆されたとする点などにおいて、にわかに信用し難い部分があるのみならず、一〇歳の少年が、少なくとも被告人の見ている前で、倒れている被害者の近くから、そのバッグを盗み、当審で被告人が供述するように、公園南側の駐車場のところまで勝手に持ってくるということ自体不自然であること(なお、所論は、乙男は、窃盗に対する罪悪感が鈍磨している非行少年であるかのようにいうが、証拠上、友人が盗んできたバイクに乗ったことがあるほかは、乙男の非行性の程度がそれほど高いという事情はうかがわれない)、被告人自身、原判示第三の事実で現行犯逮捕された三日後に作成した窃盗自供書に「小学生のおつおにバッグおとらす」と記載し、その自供書は、賍物の処分の点等につき当時警察官が把握していない事項も書かれていて、自発的に書かれたものと思われること、原審分離前の相被告人戊田太郎の捜査段階及び原審公判廷における供述によれば、被告人が本件当日、右戊田に、子供を使ってバッグをとった旨述べたことが認められること等によれば、右被告人の弁解はとうてい信用することができない。所論は、当時周辺に人がおらず、被告人自らが一瞬にしてバッグをとれる位置関係にあったから、何も乙男に命令するよりは、自分でさっさとバッグをとった方が合理的であると主張するが、後述するとおり、近くの公衆電話に一一九番電話をかけに行った女性等に見られることを懸念したためか、被告人が平成七年二月二三日付け警察官調書で供述しているように、乙男に盗ませれば同人が誰にも言わないと思ったからか、いずれかの理由により乙男にバッグをとるよう命じたものと思われ、どちらにしても、不合理な行動とは考えられない。以上の次第であるから、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二、法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、原判示第一の事実について、仮に被告人が乙男に対して、被害者のバッグをとってくるよう指示命令した事実があったとしても、乙男は、刑事未成年者であるにせよ、窃盗行為の意義を十分理解し、指示命令に抗するだけの能力を備えている年齢であり、また、乙男は、被告人のきわめて強い支配の下にあって、被告人の指示命令に反して反対動機を形成する可能性がないとか、犯行直前、被告人により強固な拘束が加えられ、反抗した場合、直ちに大きな危害を加えられかねない状況にあったというような事情はみられず、乙男自身も窃盗行為に迎合的、協力的であったとうかがえるから、被告人には共謀共同正犯が成立するに過ぎないというべきであり、被告人に間接正犯の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するに、原判決挙示の関係証拠、特に被告人の検察官調書及び平成七年二月二三日付け警察官調書、並びに甲野乙男の原審証人尋問調書及び警察官調書(二通)によれば、(1)被告人は、本件当時、原判示第一の現場近くの加美北公園に時々やって来て、小学生がキャッチボールやサッカーをして遊んでいるのに加わったり、他から窃取してきたバイクを小学生に見せて直結する等して運転する方法を教えたりしていたこと、(2)乙男(当時一〇歳、小学五年生)もその小学生の一人であり、被告人に三、四回遊んでもらったことがあったが、元ヤクザでシンナーを吸うと聞いていたため被告人を怖いとは思っていたものの、反面いろいろ教えてくれる面白い人とも思っていたこと、(3)本件当日午後五時過ぎころ、同公園で被告人は、乙男ら小学生数名と遊んでいたが、他の小学生がいなくなって被告人と乙男の二人だけになった午後五時五〇分ころ、公園の東の方から交通事故のような自動車のブレーキ等の音が聞こえてきたので、二人で走って行ったところ、一五〇メートル位離れた原判示第一の場所付近の小川の橋の上で同判示の被害者丙野丁男(当時五六歳)が血を流して倒れており、橋の付け根の道路上に同判示のメンズバッグが落ちていたこと、(4)その付近には中年の女性もいたが、被告人が救急車を呼ぶよう頼んだため、近くの公衆電話の方向に歩いて行き、その場に被告人と乙男だけが残されたが、被告人は、四、五メートル先に落ちている右のバッグを指さして、乙男に対し、「誰もおらんからそこのカバンとってこい」と命令したこと、(5)これに対し、乙男は、バッグをとってくるのは悪いことと思ったので、知らん顔をしていたが、被告人が乙男をにらみつけて、なおも、「おい、とってこい」ときつい声で命令したため、逆らったら何をされるか分からないと思って怖くなった乙男は、四、五メートル歩いて行ってバッグを拾い、すぐ戻って被告人にバッグを手渡したこと、(6)バッグを受け取った被告人は、「早く来い」と言って乙男と共に約五〇メートル西に戻った加美北公園南側の駐車場まで行き、バッグの中身を確かめて、在中の現金約一三万二〇〇〇円のうち一万円札一枚を「もっとけ」と言って乙男に渡し、その後乙男を連れ回って窃取した現金で被告人自身のための買い物をしたあと、「今日のことは誰にも言うな」と口止めをして別れたこと、以上の各事実が認められる。右認定に反する被告人の原審及び当審における供述は、前述したとおり信用することができない。

以上認定の各事実によれば、乙男は、事理弁識能力が十分とはいえない一〇歳(小学五年生)の刑事未成年者であったのみならず、所論が指摘するような、直ちに大きな危害が被告人から加えられるような状態ではなかったとしても、右の乙男の年齢からいえば、日ごろ怖いという印象を抱いていた被告人からにらみつけられ、その命令に逆らえなかったのも無理からぬものがあると思われる。そのうえ本件では、乙男は、被告人の目の前で四、五メートル先に落ちているバッグを拾ってくるよう命じられており、命じられた内容が単純であるだけにかえってこれに抵抗して被告人の支配から逃れることが困難であったと思われ、また、乙男の行った窃盗行為も、被告人の命令に従ってとっさに、機、械、的、に、動、いただけで、かつ、自己が利得しようという意思もなかったものであり、判断及び行為の独立性ないし自主性に乏しかったということができる。そして、そのような状況の下で、被告人は、前記事実誤認の論旨に対する判断の際に述べた理由から、自己が直接窃盗行為をする代わりに、乙男に命じて自己の窃盗目的を実現させたものである。以上のことを総合すると、たとえ乙男がある程度是非善悪の判断能力を有していたとしても、被告人には、自己の言動に畏怖し意思を抑圧されているわずか一〇歳の少年を利用して自己の犯罪行為を行ったものとして、窃盗の間接正犯が成立すると認めるのが相当である。原判決が判示第一において、被告人に窃盗の間接正犯の事実を認めたのは正当であり、論旨は理由がない。

控訴趣意第三、量刑不当の主張について<略>

(裁判長裁判官 青野平 裁判官 清田賢 裁判官 的場純男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例